竹下首相の実家の酒蔵が廃業!後継ぎ不在につき地主へ返上!

竹下登元首相の出身地である島根県雲南市掛合町の酒蔵「竹下本店」が昨年、150年以上続いた酒造業から撤退した。
後継者がいないため、県内外で林業などを営む田部グループに事業を移管し、竹下本店は解散となった。
登が命名したブランド名「出雲誉」も廃止された。
しかし、登が提唱した「ふるさと創生」のコンセプトは継続し、酒、醤油、味噌などが楽しめる麹の町として活性化を目指す。
掛合町は、松江市から車で1時間ほどの山間部に位置する。その山間にある掛合町の中心部に、今も酒蔵を営む「竹下本店」がある。
もともと庄屋だった竹下家は、地元の地主である田部家から酒造りの権利を譲り受けた。
昇と亘の弟である三郎社長は、「2021年半ばから、酒蔵をどうするか親族などと話し合ってきました。コロナの事故もあり、後継者がいないこともあって、田部家に返すことにした」と話す。
当時、がんで闘病中だった渡も賛成し、田部家も快諾してくれた。田部グループは、子会社「田部竹下酒造」を設立し、2011年11月1日までに醸造設備、醸造免許、酒類販売免許を引き継いだ。
現在は、竹下本店が使っていた施設を、グループから招いた杜氏や蔵人たちが使って、新しいブランドを開発している。数年以内に、近くの土地に新しい酒蔵を建てる予定だ。
後継者として期待されることほど辛いことはない。
世間では、後継者の努力を認めようとせず、成功すれば「光り物」、失敗すれば「スポンジ」と呼ばれる。
しかし、圧倒的な努力が評価されるのは理解できるが、人はレールの上でしか生きられないことを実感するのは残念なことである。
私自身は、誰にも指図されない手作りの生活が一番だと思っているので、DAIGOさんの決断に賛成です。
彼が政治家になった理由のひとつに、酒税法があると思うんです。
酒税法は、ある意味、酒造メーカーにとって既得権益の領域だったのです。今の制度が導入される前は、酒造メーカーの談合で価格が決まっていた時期もあったくらいです。
だから、彼らは政治に参加せざるを得なかった。
日本だけでなく、世界の保守的な地域では、政治とは既得権益を維持し、それに反対する者の権力を排除するためにある。
今日は以上です。